大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(ネ)1667号 判決

控訴人(原告) 浅野きよ子

控訴人(原告) 浅野勝義

控訴人(原告) 鵜ノ澤修平

控訴人(原告) 浅野光義

右四名訴訟代理人弁護士 福武公子

被控訴人(被告) 大木寛

右訴訟代理人弁護士 宮原清貴

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

1. 被控訴人は、控訴人浅野きよ子に対し、金二六二万七一六八円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 被控訴人は、控訴人浅野勝義に対し、金五〇万六八四七円及びこれに対する平成二年一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 被控訴人は、控訴人鵜ノ澤修平に対し、金五〇万六八四七円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4. 被控訴人は、控訴人浅野光義に対し、金五〇万六八四七円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5. 控訴人らのそのほかの請求を棄却する。

二、訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の、その残りを控訴人らの負担とする。

三、この判決の控訴人ら勝訴の部分は、仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人浅野きよ子に対し、金一〇八四万九八六六円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人は、控訴人浅野勝義に対し、金三〇〇万七〇八五円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人は、控訴人鵜ノ澤修平に対し、金三〇〇万七〇八五円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人は、控訴人浅野光義に対し、金三〇〇万七〇八五円及びこれに対する平成二年八月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

2. 被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

二、当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人らの当審における主張)

浅野伊之助の症状は重篤で付添看護の必要があったのに、その費用を認めない原判決は不当である。また、伊之助の葬儀は、大規模で、費用が嵩んだのであるから一般の葬儀費を上回る費用を認めるべきであるのに、これを否定した判断も納得できない。そして、伊之助は、親族及び従業員等の知人の票により、町議会議員及び土地改良区理事への当選が確実で、その実績もある。それにもかかわらず、公職であるとの理由のみで、次回選挙以降の報酬の取得可能性を否定したのは、不当である。伊之助は、一家の主柱であり、慰謝料は請求額の二二〇〇万円が認められるべきである。過失割合は、交差点に入るに際し、浅野きよ子が大木車の動静を見ながら進行し、減速もしていたのに対し、被控訴人が浅野車が来るのを見過ごし、減速していなかったことからみて、被控訴人の過失は七割、浅野きよ子の過失は三割とみるべきである。

(被控訴人の当審における主張)

家族の情として付添いの必要を感じたとしても、医師はその必要を認めていない。葬儀費用は、生命の価値は平等との観点から、一律の判断を相当とする。町議会及び土地改良区の選挙は、当選が確実なものではない。選挙の結果をみないで、当選したものと扱うのは選挙制度を否定するものである。浅野車の進行方向には、交通安全対策協議会の設置にかかる一時停止の標識があった。また、大木車は左方車、浅野車は右方車で、浅野きよ子は、大木車の進行を妨げてはならなかったのである。本件の過失割合は、浅野きよ子の方が大きい。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、交通事故の発生、責任及び争いのない損害

この点に関しては、当裁判所も、原判決と同一の判断をするものであり、原判決の理由一を引用する。

二、争いのある損害

1. 伊之助の損害

(一)  付添看護費 九〇〇〇円

乙二三号証によると、本件事故後翌日死亡するまで伊之助が極めて重篤な状態にあったと認められる。したがって、医師の証明を待つまでもなく、近親者の付添いの必要を認めるべきものであり、その額は、一日四五〇〇円の二日分九〇〇〇円を相当と認める。

(二)  葬儀費用 二〇〇万円

伊之助の社会的な地位(争いがない)と浅野勝義の原審供述に照らし、伊之助の葬儀費用として二〇〇万円を超える金額を要したものと認められる。そのうちの一部である二〇〇万円は、相当な範囲を超えないものと認められるから、これを損害として認めるべきものである。葬儀費用に現実に差がある以上、生命の価値如何にかかわらず、相当額を認めるべきものであり、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

(三)  逸失利益 三九六一万三八五八円

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

伊之助は、昭和五八年七月一〇日及び昭和六二年六月二八日の野栄町の町議会議員選挙に当選し、副議長を務めていたもので、健康であったので、本件事故がなければ事故から約一〇カ月後の平成三年六月の町議会議員選挙に立候補する予定であった。伊之助がこれまでの選挙で得た票は、常に上位にあったが、これは伊之助が妻の実家から選挙に出ていた小川栄の地盤を引き継ぎ、また、みずから経営していた事業の従業員やその他の親戚知人の票をあてにできたことによるものであり、人口が少なく、人口移動が殆どない地域で、議員に当選するのに必要な票数が三〇〇票に満たない野栄町の町議会議員選挙では、伊之助のように親戚や従業員が多く、さらに公的な役職のうえでの付き合いの多い場合には、ある程度安定的に当選に必要な支持を受けることが可能であった。

伊之助は、右町議会議員として報酬を得ていたのであり、事故がなければ、右のように次回の選挙にも当選して町議会議員の報酬を受けられた可能性が大きい。死亡による損害の賠償請求訴訟において、賠償すべき損害とされるのは、事故との相当因果関係のあるものであれば足りるのであり、このような因果関係の判定は、必ずしも選挙の結果を待たなければならないものではない。選挙の結果は通常予測し難く、したがって、選挙の結果による公職の報酬が損害と認められる事例は、きわめて限られたものであるが、本件のように可能性が高いものと認められる場合にまで、選挙制度との関係で、事故との因果関係を否定するまでの必要性は認めがたい。

そうだとすると、本件の場合は、次回の選挙後の町議会議員の任期中の報酬相当額に限り、損害として認めるのが相当である。そして、土地改良区の理事については、右のような事情を認めることができないので、現在の任期中に限り損害と認めるべきものである。

そうすると、伊之助の逸失利益は、原判決認定の土地改良区からの収入及びその他の収入の金額(その合計は三二四五万五九三四円)のほか、町からの収入として、次の金額となる。

(平成元年の収入)(中間利息の控除)二七四万四〇〇〇円×四・三二九四×(生活費の控除)〇・六=七一二万七九二四円(原判決より五六九万四一八五円増加)

(四)  慰謝料 一八〇〇万円

原審における控訴人浅野勝義の供述によると、伊之助が設立した会社については、伊之助が議員となった昭和五八年以降長男の勝義が経営しており、伊之助は代表取締役の地位にあったが、実質的関与の程度は、勝義に比較して低かったのであり、また、原審における控訴人浅野きよ子の供述によると、浅野家の家計は、勝義の妻が切り盛りしていたのであって、伊之助が精神的な意味で一家の主柱の立場にあったとしても、経済的にも同様の立場にあったとはいい難い。したがって、慰謝料としては、同年齢の男性一般の水準よりやや高額の一八〇〇万円を相当とする(原判決と同額)。

2. 控訴人浅野きよ子の損害のうち車両損害 三〇万円

この点に関しては、当裁判所も、原判決と同一の裁判をするものであり、原判決の理由二2を引用する。

三、過失相殺

当裁判所も、次に記載するほか、原判決と同一の理由により、両者の過失割合を五分五分と判断するものである。

(当審における当事者の主張について)

双方の速度については、浅野車は交差点手前で減速しており、大木車は減速しなかったことからみて、時速にして二〇キロメートル程度の差があったものと認められるが、大木車が六〇キロを超える大きなスピードで交差点に侵入したという証拠はない。

そして、原判決挙示の証拠によれば、本件交差点がほぼ同幅員の交通整理の行なわれていない交差点であって、浅野車は減速したのに対し、大木車は減速しなかったのであるが、本件交差点は、双方の車両のどちらからも極めて見通しが良く、相手方車の動静をはっきり確認できるうえ、浅野車はいわゆる右方車、大木車はいわゆる左方車であったものであり、しかも、浅野車が交差点に進入する道路の側には野栄町交通安全対策協議会の設置にかかる一時停止の標識が現存していたのに対し、大木車が進入する道路の側にはそのような標識が現存していなかったのであって(以前は大木車の進入する側にも同じ標識があったとしても、現存しなかったのであるから、現存する場合と同じ評価をすることは困難である。)、このような状況を総合考慮すると、一方の車のみの過失を大きく判定するのは相当でなく、浅野車と大木車の過失割合は五〇対五〇とみるのが相当である。この点に関する控訴人ら及び被控訴人の主張は採用できない。

四、過失相殺後の損害額とこれに対する填補等

以上の認定判断により、過失相殺後の各人の損害とこれに対する填補の状況、並びに弁護士費用を算定すると、次のとおりである。

1. 伊之助の損害

治療費 一四万二二四〇円

入院雑費 二四〇〇円

付添費 九〇〇〇円

葬儀費用 二〇〇万円

逸失利益 三九六一万三八五八円

慰謝料 一八〇〇万円

(合計) 五九七六万七四九八円

過失相殺 五〇パーセント

過失相殺後の損害額 二九八八万三七四九円

損害填補 二七一四万二六六五円

(差引) 二七四万一〇八四円

そして、弁護士費用として、右の損害に三〇万円を加えるのが相当である。

2. 控訴人浅野きよ子の損害

治療費 一五一万二七九五円

入院雑費 七万二〇〇〇円

慰謝料 一四〇万円

休業損害 一一二万八四五八円

車両損害 三〇万円

(合計) 四四一万三二五三円

過失相殺 五〇パーセント

過失相殺後の損害額 二二〇万六六二六円

損害填補 一二〇万円

(差引) 一〇〇万六六二六円

そして、弁護士費用として、この損害に一〇万円を加えるのが相当である。

五、結論

以上によれば、控訴人浅野きよ子は、自己の損害として一一〇万六六二六円、さらに伊之助の損害の相続分として三〇四万一〇八四円の二分の一相当の一五二万〇五四二円、以上合計二六二万七一六八円の賠償を請求できる権利がある。また、控訴人浅野勝義、鵜ノ澤修平、浅野光義は、それぞれ伊之助の前記損害について、相続分である六分の一(相続及び相続分は当事者間に争いはない。)相当の五〇万六八四七円の賠償を請求する権利がある。

したがって、控訴人浅野きよ子への四二万一一一七円の損害賠償のみを認容した原判決は、これを変更するべきであり、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 淺生重機 杉山正士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例